2020年の大晦日に

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深川・萬年橋から

ほぼ生存証明のような更新頻度の当ブログですが、今年も最後にひとことだけ。
今日までは何とか元気に過ごすことができました。
ただ今日、同世代の友人がコロナに感染して入院とのお知らせが。ご本人によるSNS投稿で自発呼吸はできているそうですが、重症の肺炎とのこと。一日も早い回復を祈るばかりです。
「深川福々」初春号(第64号)を12月19日に発行し、一週間ほど配布に明け暮れていたため、12月はほぼ深川福々一色で終わりました。時間とエネルギーを費やしていますが、来年も続けていければと思っています。私一人の思いや気力だけで出来ることではもちろんなく、優秀なスタッフや協力していただけるお店や組織、そして読んでくれる方あってのものです。それが結びつく一点をいつも探しているような気がします。

新年はしばらく別の制作物に専念します。無事に過ごせることを祈りつつ。

来年もどうぞよろしくお願いします。

写真は「懐かしの」萬年橋。12月4日に撮影しました。お店を閉めて早5年。最近はめったに来ませんが、この景色が見られると嬉しくなります。ここはいつ来てもいいところです。

サバイバーたちの物語#1

8月9日(日)は、共同主催として携わったオンライン(zoom)イベント、サバイバーたちの物語#1「東京大空襲と深川の記憶」が開催に。深川(江東区)で1945年3月10日の大空襲を体験した上原淳子(うえはら・あつこ)さんをお迎えし、私が聞き手を務めました。

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会場は共同主催者でもある江東区福住のchaabeeさんです。
戦争を体験した方が当時どんな生活を送り、どのように生き延びられたか。そしてその後どのように人生を送ってこられたか。いま直接お話を伺える私達は、サバイバーの方々の体験から学び、未来へと引き継いでいきたい。特にコロナ禍の現在、さまざまな困難に直面するなか、生きる力について、そして過去の教訓を通じて現在の生活や社会を考えるきっかけになれば。このように考えて企画が始まり、第一回目として、深川在住の上原さんをお招きすることになりました。

 

上原さんは7歳(小学一年生)のときに空襲を体験され、現在82歳。江東区にある東京大空襲戦災資料センターで語り部を務めていらっしゃいます。私はこれまでお話を伺う機会がなく、このイベントの打ち合わせのためにお会いしたのが初めてでした。

 

有料イベントとして非公開で実施したため、お話の詳細には触れませんが、上原さんは終始力強く、よどみなく、生き生きと語ってくださいました。7歳当時の記憶がとても鮮明で、冷静な行動力や観察力に驚くばかり。でも毎日緊張を強いられていると自ずとそうなるのでしょう。成人された後の海外体験やご活動のお話も大変貴重でした。上原さんの気迫やエネルギーはきっと画面からも感じられたのではないかと思います。密度の濃い、あっという間の1時間で、名残惜しく終了しました。

 7歳の少女が生死の淵に立たされ、必死で逃げなければならなかったこと。生き延びたからこそ、75年後に語っていただけたこと。何も語ることができない多くの犠牲者のこと。この事実と上原さんの思いを大切に受け継いでいきたいものです。

関連イベントとして、8月15日の朝には、上原さんのお話を思い浮かべながら個人やグループがそれぞれの場所で「追悼ラン」を行う企画も実施されました。

このイベントはシリーズとして、語り手の方を江東区や東京に限定せずに継続する予定です。次回はこちらのブログでも告知投稿します。

オンラインイベントは、やはり機材が重要。chaabeeさん、すでに何度目かの開催で進化されていました。

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丸3年

7月21日、東海亮樹の3回目の祥月命日を迎えました。

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亡くなって1年目は、たとえは何ですが、私は血をダラダラ流しながら街中を歩いている状態でした。血というのは、私自身の混乱と、後悔や痛恨の思いです。今は傷跡を時々眺めて、あーあとため息をついたり、思い出し笑いしている感じでしょうか。
丸3年という時間の経過は、大きな穴が開いたという事実に慣れたということだと思います。

しかし3年前のような葬儀、今年だったらできませんでしたね。
何事も巡り合わせなのかもしれません。生きているわれわれは未曾有の状況を乗り越えようと必死ですよ、東海さん!(笑)

東海亮樹を偲ぶなら、やっぱり文章でと思って、以前偲ぶ会用にプリントアウトしたものを読み直していたら、これが目に留まりました。
危機のときだからこそ。この災厄が終わった後、世界がよりよい場所になっていることを願って。

ご存知のように自分の言葉で難しいことをかみ砕いて語るのは得意でしたが、実践もしていました。性にも合っていたのでしょうが、やろうと思ってもなかなかできることではない。
そのことに今も誇りを感じています。

写真は2015年12月、北京の火鍋店にて。

 

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2017年3月8日 (facebookへの投稿)

考古学の本を読んでいたら、「友だちにするならネアンデルタール人です」と書いてありました。
猿から人に進化するなかで、葬儀に花を添えたり、けが人も殺さずに生かしておいたというのはネアンデルタール人がはじめてだったそうです。

でも、その優しさゆえにネアンデルタール人は、今の人類の祖先に虐殺されたそうです。残念ですね。

西洋的な「普遍主義」がもはや終わったと言われています。フランス革命のスローガンだった「自由・平等・博愛」は共通の価値観ではなくなったというのがこの数年の大きな変化のようです。

でも、東洋的な普遍主義を考えると「仁義智信」というのがあります。

戯れに比較してみました。

自由 なにかに拘束されないで自分で選ぶことができたらうれしいよね。
平等 失敗したり体を壊しても生き続けさせてもらったらありがたいなあ。
博愛 困った人がいたら助けて気分がよくなりたいし、自分がもし困ったら助けてもらいたいなあ

仁 人の上に立つ人は困った人を助けないといけないんです。
義 自分が所属する共同体のためには体を張って何かやらないといけないことがあります。
智 学ぶことは一生続けましょう
信 仲間は尊重し、助ける。信じるものに対しては常に誠実でありたい

あまり違いがないことに気づきました。
ならず者がほしいのはいつも権力と名誉。
(まだ少し続きますが省略)

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2015年12月、北京




2019年の大晦日に

結局ろくに更新できないまま大晦日となってしまいました。これを読んでくださる方は、SNSで私の近況をご存知の方が多いと思いますが、夏以降、いろいろと勝負の季節となり、ずっと忙しく過ごしていました。

11月から12月にかけて風邪を連続してひいて情けなくなりましたが、おかげさなで元気です。

このブログには本心に近いことや(笑)自分にとって大事なこと、願わくば読むに耐える内容のあることを書きたいと思っているので、来年はもう少し更新したいです。

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先週、ある食事付きイベントのために焼豚を3本製作。無事出来上がって一安心でした。3本作らなきゃ~、とちょっとプレッシャーでしたが、非日常食を作るのはやっぱり嫌いではなく、味見のときの、一瞬の高揚感のために頑張れますw

 

たまたま知人から1月4日締切の原稿を引き受けたため、今またキッチンから離れてPCに向かっています。一旦書き上げましたが、100字程度削らないといけなくて、年内終了は残念ながら無理。でも来年さっそく生かせそうなひらめきがあったので、与えられた必要な経験と思うことにしました(でも早く終わりたい^^)

 

 先日ある集まりで、今年は地味に良い年でしたと言ったら笑われましたが、よい出会いがあり、心が動く出来事も多く感謝の一年でした。今年実行したいこととして年始に計画したことがほぼ実行に移すことができました。特に8月から10月にかけては、少し遠くなった過去の自分が積み重ねた力を引きずり出して、全面的に発揮するしかない機会が続きました。理由があって今はこのブログにも書きませんが、来年少しでも書けたらいいなと思っています。

確か9月でしたが、清澄白河のcafe GINGER.TOKYOさんで月1,2回開催されている音楽イベントの1987年の回にて、パット・メセニージャコ・パストリアスの訃報を知って作ったという曲を聴いた途端、亡き東海のイメージがどっと湧いてきて、店内で号泣しそうになったので慌ててトイレに駆け込みました。

Last Train Home

https://www.youtube.com/watch?v=Sq5oqY3-vhg

www.youtube.com

 ジャコ・パストリアスは天才ベーシスト。酔っ払っての事故のため早世したとあります。東海はそら庵をやる少し前、おじさんおばさん(←それは私)バンドでベースを担当したことをきっかけにベース教室に通い、一時はベース三昧の毎日でした。ジャコパスさんのCDは何枚も購入し、私も凄さを初めて知りました。ちなみに東海はパット・メセニーのコンサートには高校時代に行ったとのことで、こういうところは憎らしいほど早熟な人でした。

でもこうした過去の出来事で感動したわけではないと思っています。音楽を聴いていいなあと思うことはしょっちゅうですが、聴いた途端に激しく感情が揺さぶられるほどの体験は中学生のとき以来だったかも。パット・メセニー氏がジャコパスさんを思う気持ちと、私が東海を思う気持ちがなぜかシンクロしました。曲の向こう側に東海の姿が見えるような気がしたのです。パット・メセニー氏がこのことを知る日はないでしょうが(笑)、私はこれからずっとパット&ジャコに特別な思いを持ち続けるでしょう。

2年前の年末は辛すぎましたが、それを思うと、確実に時が経っていることを実感します。今も日々不在を意識し、ときには対話していますが、2年前の耐え難い辛さとは違ってきています。

4月に十数年ぶりに、ずっと再訪したかった奈良の三輪地方に行けたので本当に良かったですが、今の生活ではなかなか思うように遠出できないのがちょっと寂しい。もっと旅をしたいです。君は旅行がしたいとばかり言うけど、旅行には金がいるんだからね!という東海の声が聞こえます。ごもっとも。でも行きたいと思う気持ちは止められないのですよね。

11月はどさくさに紛れ、映画撮影でお世話になった「舟遊び みづは」さんのミニクルーズに参加できました(隅田川と新大橋)。

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お世話になったみなさま、今年もありがとうございました。良いお年をお迎えください。

 

三回忌に

7月21日は東海亮樹の三回忌でした。一昨年のことはまだ記憶に新しく、もう2年経ったとは信じられません。

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先日深川で、東海を偲ぶ会を開催しました。一つ前の投稿で報告しています。宜しければご覧ください。

亡き人からもらい受けたたくさんの恩恵を日々感じて生きております。

7月21日は参議院選もありましたので、東海本人による2015年4月30日のfacebook投稿を掲載します。恥ずかしながら、私と東海は文中の内山秀夫先生のゼミで知り合いました。

「恩師である故・内山秀夫先生の遺稿集が影書房から出版されました。ゲラの段階で読みましたが、「どうなったら戦争をする国になるのか」という生前の内山先生の分析と危機感がほとんど当たっていることに驚きと現状への落胆を感じました。
http://www.kageshobo.com/main/books/inochinominsyusyugiwo.html
(内山秀夫『いのちの民主主義を求めて』)

ジョージ・オーウェルの「二重思考」(戦争とは平和である。自由は屈従である)についての私のインタビュー記事も収録されています。その際に内山先生が、「あとテクノロジーの問題は君たちが考えてくれたまえ」とおっしゃっていたことが宿題になっています。


内山先生は怖いというか、学生ぐらいの脳みそでは本当に「謎」の師匠でした。ゼミのほとんどは三田の居酒屋「つるのや」で行われたのですが、(←注:それはちょっと大げさです笑)
内山先生があたしのコップに酒を注いでくれて、あたしが「すいません」と言うと、「すいませんなんていう便利な言葉を使うんじゃない!」と急に怒られまして、今になると怒られた理由も分からないではないという人間社会の機微を教わりました(笑)

学生にはいろいろ「謎」としか思えない言動をして、説明はしないという先生でしたが、その後、その謎が解けていくことで大人になることを感じたような気がします。
手取り足取り、「コミュニケーション」なんてものまで大学の先生に教えてもらえる今の学生は、ある意味ではかわいそうだと思います。師匠というのは弟子にとっては「謎」であるのに限ります。孔子ブッダにしても弟子にとっては謎でしたでしょうし。

ちなみに影書房というのは、元・未来社丸山真男さんの『現代政治の思想と行動』をはじめ、藤田省三花田清輝などの本を編集した、人文書では伝説的な編集者の松本昌次さんの出版社です。松本さんは88歳の今も現役で、本書の編集も担当してくれたそうです。戦争を知る世代がつくった本ですので、多くのとはいいませんが、少しでも若い人に読んでほしいなと思います。」

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写真は本書に収録された東海のインタビュー記事の一部です。

東海投稿の文末にお名前が出てくる松本昌次さんは、今年1月に逝去されたそうです。内山先生の最末端の弟子としてご冥福と感謝を申し上げたく思います。本書、まだ何冊か持っていますので、ご希望の方はお知らせください。

東海を偲ぶ会:老けるには若すぎ、若さには遠い

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命日(三回忌)はもう少し先ですが、7月10日に門前仲町のchaabeeさんで東海亮樹を偲ぶ会を開催。東海がSNSや仕事で大量に書き残した文章を読み、それに即興演奏を付けていただくのは、一昨年の秋に続いて2回目。親しい方々に駆けつけていただき、1時間ほどチャーリー高橋さんとあがささんに演奏していただいた。テキストの朗読は、私のほか、友人の前田やすさん、胡舟ヒフミさんにも担当していただいた。

あがささんには、東海を偲んで昨年作っていただいた曲を披露していただいた。ギャグの才能が誰よりも通じ合っていたあがささん。その熱い魂と東海への惜別の思いを感じて涙。

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最後はチャーリーさん作詞、編曲の名曲「山越え阿弥陀」をYUKKIYさんの歌で。東海が亡くなった翌々月に生まれた娘ちゃんが、スクリーンの東海に向かって手を振っていたと後で知った。ん?見覚えあったかな?どこかですれ違った?(笑)

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「いやー、これ2,3時間はできるよね~、面白いから」とチャーリーさん。本業の記事は苦しみながら書くことも多かったけど、facebookはいつもさらさらと楽しそうに、呼吸をするように書いていた。掘れば掘るほど、まだ何か出て来てくるような、また別の本人に触れられるような、そんな面白さが確かにある。
この日は笑い成分多めで、皆さんと良い時間が作れて嬉しかったです。

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当日読んだものの一つ。パリのミラボー橋には、2001年に二人で行きましたが、

橋の下を流れるセーヌ川には、「月日」ではなく油が流れていました(笑)


二次会は、10年前から200回ぐらい行っているに違いない興隆菜館へ。12時近くまで開いているので、お店をやっていたころ、夜のイベントの後でよく行っていた。東海は、(自分もいたいけど)自分がいないところで、友人たちが勝手に楽しく盛り上がってくれると嬉しいと時々言っていた。まさにそれ。昨日は15人の予約じゃ足りなかったよ。
ご一緒した方々、そして不在のくせにやたら存在感が大きいあの世の人に感謝の夜でした。

国立で『小名木川物語』鑑賞会を開催しました

3月2日は、そら庵時代にお世話になった「現代朗読協会」の水城さんと野々宮さんの企画で、国立の民家にて映画『小名木川物語』の上映を行いました。

現在『小名木川物語』は自前で企画した上映会のみの開催となっていますが、会場ではこれまでにも何度か上映会が開催されたことがあり、機材が一通り揃っていること、そして信頼するお二人の企画だったため、例外的に開催を決めました。お二人は、主演の徳久ウィリアムさんとも数年来のお付き合いがあり、そら庵で同じイベントにご出演いただいたこともありました。

この日この場所にご縁がある方に来ていただければ十分と考えていたのと、終演後は一品持ち寄りの食事会というアットホームなお楽しみも予定されていたので、いつもの上映会と違って緊張感なく、のんびり会場へ。持ち寄り品として久しぶりに焼豚を作ったので、その準備と仕込みが一番緊迫したかも(笑)。安心して委ねられる人がいるというのは、本当にありがたいことです。


深川方面より国立の方が近いという知人など数人に足をお運びいただき、上映がスタート。上映終了後、作品について少しお話をさせていただきました。それからは予定通り食事会に。和やかで楽しい時間となりました。お客様の一人は、深川の会社と長年仕事上のつながりがあったので作品に興味が湧いたとのことでした。そうやって観に来てくださることが、また本当にありがたい限りです。

実はこの上映会の前日、主催のお二人のご友人が急逝されたという知らせが届き、お二人にはその悲しみの中で会の準備を行っていただきました。上映会のお知らせはひと月前に行われたのですが、亡くなられた方は何と参加予定だったとのこと。お会いして、一緒にお話していたかもしれない方だったのですね…

私も『小名木川物語』も関係ないのですが、「めぐり合わせ」という言葉が思い浮かびました。どうか今は魂が安らかでありますように。

その方は、会場をずっと行き来していた猫のムイちゃんを(先月?)やさしく撫でていらしたそうです。ムイちゃん、この日は何度も私のそばを通り過ぎました。猫を飼ったことがなく、猫に疎いのですが、ムイちゃんの目は何でもお見通しのような深みをたたえていて、引き込まれました。写真を撮るのをすっかり忘れたので、お客様の投稿写真をお借りします。

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テーブルの下にいます。

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次の上映会は、4月29日(月・祝)に門前仲町で開催します。

小名木川物語』を製作することになった当初から想定していたプロジェクトが、実はまだ終わっていないため、今年も一つ一つ取り組みを続ける予定です。
公式サイトに上映会の情報を掲載しましたのでご覧ください。あっちこっち更新しています。

http://onagigawa.com/