奥の細道WS&「深川福々」共同作業日でした!

今日の前半は能楽師・安田登さんが講師を務める奥の細道ワークショップを開催していました。
この会は、実はニートや引きこもりといわれる若い人たちを対象としているため
公開講座ではありません。でもみなさん遠方からいらっしゃっていてとても元気、
今日は自分で俳句をつくって披露するコーナーがあったので笑いが絶えませんでした。


メモ書きでまとまっていませんが、安田さんのお話から。
世阿弥の言った「初心忘るべからず」の「初」は衣偏と刀でできている。
着物をつくるときに、布地にはさみを入れることを「初(ショ)」という。
人は今までの自分を捨てるとき、古い自分にはさみを入れる。
さて芭蕉奥の細道の旅で、ところどころ寄り道をしている。たとえば日光。
なぜ日光へ行ったのか。
奥の細道の旅の出立は「死出の旅」だった。隅田川で船に乗ったのは、
紀州から始まって各地に広がった「補陀洛渡海(ふだらくとかい)」に
倣っていた。死を覚悟した僧侶などが、脱出できないよう閉じ込められて船出すること。
芭蕉は古い自分を捨てるために旅に出た。そして日光で生まれ変わった。
日光からほど近い那須殺生石にも寄っているが、この殺生石は…
…というお話が3月から本格的に始まるそうです。またメモします!


お仕事風景^^
3月中旬に発行を予定している「かわら版 深川福々」次号、
執筆陣のみなさんからほぼ原稿が上がってきたので
木下編集長を中心に共同作業を行いました。

結構はかどったと編集長!おつかれさまでした!